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究極の姉萌え!ユミナお姉ちゃん!

All roads lead to Moé.(全ての道は萌えに通ず。)

よろしくね!

あぁぁ、ユミナお姉ちゃん!あぁ、なんたる素晴らしさ!なんて清楚で美しく、おしとやかで、慎ましく、優しく、おくゆかしく、柔和で、簡素で、清貧で、ことば優しく、笑顔で、慈愛に満ちあふれている聖女様なんでしょう!まさに和顔愛語を体現してる聖女さま〜!そんな聖道の聖女様がバザールにおいて邪道な暴走族の「よろしく」Tシャツをピックアップしてるのです。なんというセンス!そんなユーモアたっぷりのユミナたん(笑)!今では死語となった日本語表記、その表音文字たる漢字は「イデア文字」となってるそうです。それがユミナお姉ちゃんの宗教の神聖文字なのでしょう。ちょうど、カトリックがラテン語を使い、仏教徒がサンスクリット語を使うように。それで、「夜露死苦(よろしく)」だなんて、よくそんなイデア文字が残ったものです。神聖文字なのに。

あぁあ、ユミナお姉ちゃん!あぁぁぁああぁぁぁ、彼女は孤児院の保母さんです。まるでリリアン女学園を見守るマリア様のように。彼女はシスター(修道女、姉妹)であり、シスター(お姉さん)でもあり、またカンナギ(巫)、つまりお巫女さんでもあるのです。シスターと巫女が合わさったような。「シス巫女」?それは神社と教会が合わさったような。彼女の宗教は神道とキリスト教が合わさったようなものです。そして、彼女は戦災孤児の子供たちを神社教会でテイク・ケアするのです。そうやって、子供たちを導いているのです。それは、まるで迷っている子羊たちを正しい道に導くように。そんな心優しいユミナ姉妹(英語でいうと「Sister Yumina」)を孤児たちは「ユミナお姉ちゃん」と慕ってます。

お昼寝の時間に子供たちを寝かしつけるユミナお姉ちゃん。あぁぁ、ボクも寝かしつけてほしい!膝枕でララバイ!それぞ至高のシエスタ!
初宮参りに向けて子供たちの衣装を整えるユミナお姉ちゃん。私の衣装もプリンプしてほしい!
いつも笑顔で子供たちに接するユミナお姉ちゃん。

そう、ユミナたんはまさに私たち迷える子羊にとっての羊飼いなのです!我々を導いてくれる人なのです!それは牧歌的な羊飼いの美少女を連想します。そう、バルビゾン派の絵画のような長閑でおもむきのあるフランスの田園風景、そこの牧歌的な美少女、まさに『狼と香辛料』のノーラちゃんのような。彼女が子羊である私に「さぁ、こっちにいらっしゃい」と呼びかけてくれるのです。私はその彼女の声を聞いて安らぎを得るのです。「ボクを気にかけてくれる人がいる、大切に思ってくれる人がいる」って。よってノーラちゃんは癒し系、安らぎ系であるのです!それと同じで、ユミナお姉ちゃんも癒し系であるのです!これぞ最上のお姉ちゃん。それは「お姉ちゃん」を自称してる井上喜久子を遥かに超えるものです。

「Pastor(牧師)」とはもともと古フランス語で「羊飼い」という意味です。だから、ユミナお姉ちゃんは牧師でもあるのです。そしてまさに羊飼い的な牧歌的な教会のシスターですね。しかもコスチュームが修道服と巫女服が合体してる。つまり巫女萌えとシスター萌えが合体した究極の形!神聖な女性への萌え、これこそが最上無比の萌えであるのです!究極の姉萌え!だから『かんなぎ』のナギちゃんはまさに巫なんです!そして、ナギちゃんの妹がシスターであるざんげちゃんなのです!つまり巫女とシスターの姉妹、そしてそれを合体させたのがユミナたんだったのです!よってユミナちゃんはジナ、そう、勝利の女神だったんです!ユミナたん万歳!!!!

聖女であるユミナちゃんはシャンティー(平和と安らぎ)を与えてくれるのです。私もあの孤児たちのようにテイク・ケアしてもらいたい!オタクというのは世の中の孤児みたいなものですからね。世から見捨てられ疎外された淋しく孤独な人たちなのです。迷える子羊なんです。だから、私の迷いを断ってほしい。だからユミナちゃんをみるともう「私をいたわって〜」となってしまうんです!狼たちがたむろっている弱肉強食の市場原理競争社会、また戦火の絶えない世界、燃え盛る炎の海の激流、そこはまさに盗賊の巣窟。ナザレのイエスはそんな盗賊たちを神殿から追い出してくれました。そして、その神殿の聖女たるユミナちゃん、そんな凶暴で残虐非道な狼から私たちをかくまってくれる。そして、ユミナ尼から安らぎを得ることで私たちはジナ(勝者)となるんです!平和と安らぎを得ることが勝利なのですから!

だから、シスターはジナ(勝者)です。道の勝利者です。「こっちですよ〜」と子羊の私を正しい道に導いてくれるのです。そして羊飼いはヴィーラ(勇者)でもあります。そして私たちを日々追いつめ苦しめる豚たちを打ち負かしてくれます。豚たちを崖から追い落としてくれるのです。そして私たちは勝者となるのです。そう、羊飼いは勝利の道に導いてくれるのです!

私は心の病を負っています。現実世界はまさに暗闇。そう、明かりがないのです。無明なのです。光のない世界は地獄なのですから。だから、私には光が必要です。そしてその光がユミナちゃんなのです!ユミナちゃんがカナタちゃんを治療したように、私も癒してほしい。ユミナちゃんが煎じてくれた薬草を飲みたい!そうすれば、私は無病となり 不死となるのです!それこそがアムリタ(甘露)、つまり不死の境地になるのです!それこそ勝利です!

病気で倒れたカナタちゃんを見舞い看病するユミナお姉ちゃん。私も看病してほしい!
ユミナお姉ちゃんが煎じてくれた薬草を飲ませてくれます。

あぁ、シスター(尼僧)はフランス語で「スール」ですね。まさに姉妹であります。ユミナ姉妹。なにしろ、衣装が巫女服と修道服の統合したものですから。シス巫女服とでも!巫女といえば神懸かりの存在、つまり神と一体になる、そう、ブラフマン(梵天)と一体となった存在、つまり梵我一如(aham Brahmāsmi)の存在。また、ブラフマンは萌えと同じですから、巫女とは「萌我一如(aham Moe ‘smi)」の存在でもあるのです。そして私は不束者ながら彼女に萌えて「aham Yumināsmi」となるのです。だからこそ、シス巫女は萌えっ子であり、萌えの光であり、光り輝く萌えの勝利者であり、孤児たちの苦しみを取り去って安らぎを与える、つまり抜苦与楽、まさに慈悲のお方なのです。

そんなユミナお姉ちゃんの宗教、それは八百万の神への道、神々への道、ブラフマンへの道、それこそ神道です。そしてブラフマンは萌えですから、萌えと一体になることが萌えへの道なのです。だからユミナお姉ちゃんは毎朝神々に祈祷しますが、それこそガーヤトリーマントラですね。神の光を得、それによって萌えの光、あるいは慈愛の光と一体化すること。神の栄光を受けて、萌えと一体化すること。それこそ萌道なのです!

毎朝かかさず祈祷するユミナお姉ちゃん。

そして、これぞもっとも慈愛の光が体現されてる感動的な場面です。戦災孤児のミシオちゃんはユミナお姉ちゃんに母の形見であるトンボ玉のヘアゴムで髪を結ってほしいと頼みます。そのシーンはあまりにも感動的で美しい!

あぁ、トンボ玉をくわえるユミナお姉ちゃんは可愛い。すご〜く優しそう・・・。

あぁ、なんという澄んだ笑顔でしょう。そして透き通るまなざし。心がどんどん澄んできて清らかになってきます。心が洗われます。
そして、ミシオちゃんを愛をもって後ろから優しく抱擁するのです。私も後ろから抱かれたい!こんな素晴らしい人はこの世いない!

あぁ、なんと素晴らしい光景でしょう。太陽の光が窓から入り、まるでミシオちゃんを祝福してるような。天を普く照らす、天照大神。サヴィトリ。ヴァイロチャーナー。弥勒。慈悲の光。無量光。観音様。マリア様!私はこのシーンを見てただ涙しました。あまりにも感動してしまって。あまりにも聖女というべき。やっぱり戦争はいけないですよ。戦争によって子供たちは身寄りをなくし、孤児になってしまったのですから。ユミナお姉ちゃんはそんな子供たちに慈愛を与えているのです。そう、子供たちに安らぎを与えてくれるのです!

それは親鸞の「大悲無倦常照我」に通じるところがあります。「大いなる慈悲は私を見捨てることなく常に照らしてくれる」という。それは、詩編23章、いわゆる『ダビデの賛歌』の「(主である私の羊飼いは私と一緒にいるので)常に恩恵と慈悲が必ず私についてきます、そして私は永久に主の家に住みましょう」にも通じるところです。そして、羊飼いは憩いの水のほとりで緑の牧歌的風景にて安らぎを与えてくるのです。そして羊飼いは正しい道(勝利の道)に導いてくれるのです。羊飼いの家、ユミナお姉ちゃんの教会はまさに炎の激流からの避難所なのです。だから彼女がそばにいてくれたら、もはや何も怖くないのです。狼から守ってくれるのですから。そして、彼女の慈愛の光によって不安と迷いである暗闇は打ち払われ、私は見えるようになったのです!それこそ慈愛なのです。

慈愛、それはギリシャ語で「Χαρις(神の贈り物・神の恵み)」、ラテン語で「gratia」、英語で「grace」です。そう、『アメイジング・グレイス』ですね!つまり、「驚くべき慈愛」なわけです。そう、「溢れる慈愛」それは『アヴェ・マリア』の「Gratia Plena」なのです。小笠原祥子さまもオルガンで『アヴェ・マリア』を演奏したとき、ステンドグラスの光(恩寵の光)と一体になったのです。それこそ梵我一如です。そして「Χαρις(恩寵)」の中性名詞化したものが「Χαρισμα(カリスマ)」であるのです。だから、ユミナお姉ちゃんはカリスマであり、神の贈り物、神の恵み、慈愛なのです。つまり、カリスマとは萌えなのです!そして、それは「María de las Mercedes(慈悲のマリア)」を体現してるのです。だからユミナお姉ちゃんは慈悲のマリアです。また、「La Reina de los Angeles(天使たちのマリア)」でもあるのでしょう。ちなみに「ロサンゼルス」の地名はここから来てます。一方、マリア様の別の称号である「María de los Dolores(悲しみのマリア)」はのちにロリータとなり、それがフレンチロリータとなり、日本ではゴスロリ系の『ローゼンメイデン』などになります。ざんげちゃんはロリータ系統も入ってますね。修道服がミニスカですからね!しかし、ユミナお姉ちゃんは完全に慈悲のマリアです。ところで英語名の「ドロシー」や「テオドール」も「神の贈り物」という意味ですね。またパーリ語名の「デーヴァダッタ」も「神の贈り物」という意味です。つまり、みんな「神の恵み」いわゆる「アメイジング・グレイス」ですね!

そう、ユミナお姉ちゃんこそ慈愛そのものなのです!素晴らしき慈愛なんです!!!そして慈愛は萌えです。「アメイジング・萌え」なんです。あぁ、なんという素晴らしい響き。ユミナお姉ちゃんの声、それによって迷子であった私は見つかり、私を危機的状況から救い出し、そして彼女は私を勝利に導いてくれます。そう、勝利の女神なんです!今までオタクは社会で「人間のクズ、役立たず、社会の敗者、負け犬、生きててもしょうがないカス」と蔑まれてきました。とても惨い仕打ちを受けてきたんです!どんなにボロボロになったことか!しかし、そんな惨め人間さえもユミナお姉ちゃんは憐れんで涙を流してくれるのですよ。こんな、私のような人間でさえも!だからお姉ちゃんが必要だ!私が探し求めてきた、そしてやっと見つけた人かも!あぁ、ユミナお姉ちゃん!私を憐れんで、私をいたわって!!!お姉ちゃん、助けて、私を救って!ユミナお姉ちゃん!それぞ姉萌えだ!!!

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